あしみの 日記

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あしみの 日記

あした友達に話したいこと

80歳で妻と共に死にたい

暮らし 考え方

 私はアラサー会社員なのだが、80歳になったら妻と一緒に死にたいと今は思っている。

 病気で苦しんで死ぬのも嫌だし、介護で子どもたちに迷惑をかけるのもいやだし、認知症になって徘徊して電車に轢かれて家族に賠償請求が来るのも嫌だ。老老介護の共倒れの話とか、両親の介護のために息子が仕事辞めて介護したけど貧困に陥ってしまう話とか見るとすごく虚しい。なので80歳ぐらいで健康なまま死ねたらいいなあと今は思っている。

 でも、実際80になってもその気持ちのままで死ぬことができるかっていうと、たぶん無理なんだよな。実際に80になったときの気持ちを今は想像できない。30の私が、今死をリアルに感じることはたぶん無理だ。だから「80になったら死にたい」とか軽々しく考えられるのだろう。
 死は怖いでしょ、たぶん。健康なまま80になったときに死を選択しようとしたときに、おそらく発生するであろう恐怖とかいろいろな精神の状態をクリアして実際に死ねるのか?っていうことをちょくちょく考えて(想像して)いるのだが、こればっかりは自分が80にならないとわからん。なんとなくは想像できるけど。
 たぶん、80になっても「90になったら死のう」って先延ばしするんだろうなあと思っている(想像を何回か繰り返した結果、おそらく私は80になっても先延ばしするのだろうなあという結論に至った(そして90になっても100に先延ばしする))。

 ググると分かるんだけど、高齢者の自殺の動機は健康問題が一番多いようだ。70年80年90年も生きてきて病気で体が辛いと、死を選ぶ人もそりゃいるよなあ。私は病気になる前に80で死にたい。

祖母

 私の祖母は90を超えていてそこそこ元気だ。脳みそはちゃんとしている、認知症を疑う出来事はない。しかし高齢で体が随分弱ってきている。以前、風邪をひいてしまってすごく衰弱していたときに息子(私の父)に「苦しい、もう死にたい」と結構本気な感じで言っていたらしい。しかし90を超えて風邪ひいて辛くて死にたいと思っても死ぬことができないんだよなあ。つらい。その後、肉体も精神も安定した(風邪が治った&元のように明るくなった)のでよかったけど。
 でも今「あのとき死ななくてよかった?」という問には「どっちでもいい」みたいな返事が祖母からくるんだろうなあ、孫(私)の勝手な想像だけど。祖母は夫(私の祖父)が死んだ後、たまに「はやくおじいちゃんに会いたい」みたいなことを言ってた。当時中学生だった私に冗談っぽく笑いながら言ってた。
 でも、風邪を乗り越えてひ孫(私の娘)の顔が見られたから生きててよかったんじゃないかな。ひ孫見て喜んでちょっと泣いてたし。

妻と娘

 私はなんとか妻が死ぬ前に死にたい。このことを妻に言ったら「私だって先に死なれるのは辛い」と言われた。そりゃもっともだと思って、じゃあ一緒に死ねたらいいねという話をしている。
 私は精神的に妻にかなり依存しているので妻に先立たれたらマジで何らかの手段で死ぬと思う。しかし今は0歳の娘がいるんだよなあ。妻死んでも娘いるから俺死ねないなあ(実際に妻が死んだときに自分が本当に死ぬ手段を取るかという想像は、私の精神への負担が酷そうなのでしないことにしている)。

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