あしみの 日記

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あしみの 日記

あした友達に話したいこと

思考を経由せずに会話するにはどうしたらよいか?

考え方
世界一やさしい問題解決の授業―自分で考え、行動する力が身につく

私は人と話しているときに「AAAはBBBじゃん!!あっ、でも違うか、CCCだからDDDなのか」ってときが多々ある。興奮して話している場合は特に多い。仕事でもそうだ。

自分で発語した直後に、発語した内容を自分で即座に否定するのだ。

 

「AAAはBBB」を私が自分の耳で聞いて、私が「あれこれ違うな」って思って「CCCだからDDD」って訂正している。「CCCだからDDD」は、自分の耳に入ってきた内容を自分で咀嚼した結果の訂正です。自分で考えて「CCCだからDDD」を発語している。

 

「AAAはBBB」っていう誤った内容も、私が発語している。でも、それが誤りだということに発語するまで気がつかない。もっというと、発語して自分の耳経由で情報を得ないと、それが誤りだとわからない・気づかない。なんで「AAAはBBB」が誤りであることを発語前の脳内で気がつかないのか。なぜ耳から聞かないと、その内容が誤りだと気がつかないのか。

 

「CCCだからDDD」は私が考えた結果発語している。じゃあ「AAAはBBB」は、だれの考えなの???私なの???でも私そんなこと考えてないよ。その発語を聞けば「AAAはBBB」が誤りであることは瞬間的・直感的にわかるもん。間髪入れずに否定ができる。ここで「間髪入れずに否定できる」っていうのが新たな問題となる。「間髪入れずに否定する」=「思考を経由することなく発語している」ということができるのではないか。そう「CCCだからDDD」も私が思考して発語した内容ではない。脊髄反射的に発語しているのだ。

 

冒頭の会話には続きがある。

私 「AAAはBBBじゃん!!あっ、でも違うか、CCCだからDDDなのか」

相手「なんでCCCだからDDDだと言えるの?」

私 「それはEEEだからだよ!」

 

皆さんお気づきだろうか?「EEEだからだよ」も、もちろん「思考を経由することなく発語している」。

 

会話中に私の発語は思考を経由していない*1

これまでの私の勉強・思考・コミュニケーション等の積み重ねの結果、なにも考えること無く会話することができるようになっていたのだ。

冒頭の「AAAはBBB」という発語の誤りは、上記の訓練が足りなかったのだろう。別の機会に、AAA・BBB・CCCD・DDD・EEE」の関係性を自分でしっかり「思考」し「咀嚼」「自分に落とし込む」ことをすれば、私に備わっている自動発語機能は「AAAはBBB」なんていう誤った情報を発語しなくなるだろう。

 

自分の自動発語機能が衰えると人と会話できなくなるだろうから、日々「思考」して会話に困らないようにしないといかん。

 

その一方でこういうこと考えていると、自分が「自分の発語」に疎外されていることを強く感じる。自動発語機能によって行われる会話は自分の思考を経由してないからねー。この発語はだれの発語なの?私じゃないよ?私なんも考えてないもん。

まあ、勉強・思考・コミュニケーション等の積み重ねの結果だと考えれば、そこまで疎外されないか。自動発語機能を育て上げたのは、他でもないこの私だ。人間はすばらしい。ライフイズビューティフル。

自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう

*1:すべての会話がそうではない。例えば「ちょっとまって、考えるから」とか「(沈黙2秒)」等の場合は会話中に思考が入るだろう